ハイテクノロジー推進研究所

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マルチメディア推進フォーラム PART994【オンライン限定】
「神経科学とICTが切り拓くメンタルヘルスケアの未来」

メール申込用フォーマット PDFファイル(FAX申込書付き)
開催日2025年12月3日(水) 13時00分~16時40分
場所オンライン限定
受講料52,150円 (消費税込)

趣旨・論点

●現代社会とメンタルヘルスの課題
●ICT活用の重要性
●神経科学とICTが拓くメンタルケアの未来

 ストレスや不安、うつといったメンタルヘルスの問題は、現代社会において個人の健康のみならず経済や労働にも深刻な影響を及ぼしている。例えば、日本では「気分が沈む」「眠れない」など心の不調を抱えながら働き続ける人々による生産性の低下が、年間で約7.6兆円(GDPの約1.1%)もの経済損失に達すると推計されている。こうした状況は企業の業績や国家経済に直接響き、労働現場では欠勤(アブセンティーズム)や出勤していても十分力を発揮できない状態(プレゼンティーズム)が大きな課題となっている。さらに学校教育の場でも、若年層のメンタル不調は学業成績や将来のキャリア形成に影響を与え、社会全体で対応すべき重要な問題となっている。もはやメンタルヘルス対策は個人の福祉や医療の範疇を超え、経済政策や労働施策上の喫緊の課題と認識されつつある。各国政府や国際機関もこの問題に注目しており、WHO(世界保健機関)の報告では、うつ病や不安障害による世界経済の損失は毎年1兆ドル規模(約140兆円)に上ると推計されている。
 国別の取り組みを見ると、日本ではAMED(日本医療研究開発機構)が、2023年度に精神・神経疾患の研究に約162億円*3を投資しており、厚生労働省も「こころの耳」等に数十億円~百数十億円規模の継続的な予算を配分している。一方、米国ではNIMH(国立精神衛生研究所)は同年度に22.1億USD(約2.8兆円)*4の予算を確保しており、また、薬物依存およびメンタルヘルス分野の地域支援や政策実施を担う主要な行政機関であるSAMHSA(薬物乱用・精神保健サービス庁、Substance Abuse and Mental Health Services Administration)も数十億ドルを投入している。こうした状況を踏まえると、日本は資金面においても大きく後れをとっていると言える。
 この遅れの背景には複合的な構造が存在していると考えられる。日本で心理カウンセリングを受けたことがある人は約6%にすぎず、欧米(欧州・米国)では約20%以上と報告されている。これは、日本において心理支援へのアクセスや受療意識が著しく低いことを示す定量的な指標であり、その背景にはいくつかの要因が挙げられる。第一に、日本特有の文化的スティグマ(社会的偏見・差別的態度)が根強く存在しており、「心の弱さを見せてはならない」「精神疾患は恥ずかしいもの」といった心理的障壁が、支援を求める行動を抑制している。スティグマとは、精神疾患が「自己管理の欠如」や「場を乱す存在」とみなされることによって生じる否定的なイメージであり、当事者に自己否定感や孤立感を与えてしまう。第二に、日本の精神医療制度が病院中心であることも、アクセスの障壁となっている。精神的な不調を訴える場合、診断・治療の第一選択肢として専門病院を受診することが一般的であり、早期段階での相談や軽症者向けのサポートが制度的に整備されていない。欧米諸国では、精神科以外の医師による初期対応や、スクールカウンセラー、職場のEAP(従業員支援プログラム)、地域のメンタルヘルスセンター、NPO等による無料相談窓口など、医療機関以外にも多様なアクセスルートが整備されている。例えば、英国では「IAPT(Improving Access to Psychological Therapies)」と呼ばれる制度により、軽症〜中等症の精神不調に対しても無料で認知行動療法(CBT)などが受けられる公的支援体制が構築されている。このように、日本ではスティグマと制度の相互作用により、心理支援へのハードルが高くなっており、結果として支援へのアクセスの低迷を引き起こしていると考えられる。
 こうした状況を打破する一つの鍵として注目されているのが、神経科学とICTを活用したアプローチである。具体的には、脳の活動パターンを可視化する技術の発展により、精神疾患が単なる心の問題ではなく、脳の働きに何らかの異常が生じている状態であることを社会に伝えやすくなっている。たとえば、脳の酸素利用や電気信号の変化をリアルタイムで捉える技術により、脳全体の働きがどこでどのように健常者と異なる活動パターンを示しているのかを視覚化できる。このような可視化によって、「心の弱さ」といった偏見や自己否定的な理解が、脳の機能的な変化に基づくものであり、誰にでも起こり得る生理的な事象であると再解釈されるようになる。結果として、メンタルヘルスに対するスティグマが和らぎ、相談や支援の対象として受け入れやすい社会的雰囲気が醸成されていくことが期待される。
 さらに、脳の視覚化に続き、日常生活のログデータによる検知がメンタルヘルス領域で注目されている。具体的には、スマートフォン(スマホ)で取得可能な各種センサ情報、画面利用などの行動パターン、ウェアラブル端末での脳波、心拍、皮膚の電気反応といった生体データが継続的に取得できるようになった。

 これらのログに基づくデジタルフェノタイプ(スマホセンシング等)から、ストレスや抑うつといったメンタル異常の兆候をリアルタイムに検知する技術が進歩している。  総じて、日本はメンタルヘルスに関する政策・制度・資源面で欧米に遅れているものの、神経科学とICTの可視化・予測・介入技術においては、日本が先進的な地位を築きつつある。例えば、2023年時点で日本は世界のウェアラブルEEGヘッドセット市場の3.4%*5を占めており、国際的な商用展開にも踏み出している。また、デジタルフェノタイプでは、国内大学・企業・公的研究機関が統合的に開発を推進しており、JMIR(Journal of Medical Internet Research:デジタルヘルス、モバイルヘルス、メンタルヘルス分野に関する学術誌) Mental Health や日本のJ-STAGE にも多数の事例が報告されている。こうした学術・産業・公的機関による連携と技術進展は、政策的な遅れを一気に「技術優位」に転換する可能性を秘めている。脳活動の可視化(fMRI/EEG)→ ウェアラブル脳波や行動ログのリアルタイム取得 → AIによる予兆検知と介入という一連の流れは、制度整備の途上段階にある日本が、技術を通じて先導的な役割へと転じるチャンスになりうる。

(詳細1)脳活動と精神状態のつながり~fMRIとEEG~  「心の問題」は一見すると目に見えない主観的な現象だが、その背後では脳内で具体的な活動パターンの変調が起きている。例えば、脳の血流を三次元で可視化するfMRI(機能的磁気共鳴画像法)では、どの脳領域がいつ、どれだけ活動しているかを脳活動として「見える化」でき、前頭前野や扁桃体といった部位の“不調”が視覚的に確認できる。一方、脳波計(EEG: Electroencephalography)は、脳表面の電気信号をリアルタイムで記録し、α波やβ波(感情の起伏、安静状態等がわかるα波、β波)といったリズムの異常から心理状態を読み取る。さらに、fMRIとEEGを同時に計測する研究も進んでおり、空間と時間の両軸で脳の状態を総合的に理解することが可能になる。これらの技術により、依存症やうつ病といった精神疾患が“脳の回路変調”として理解されつつある。研究によれば、うつ病では前頭前野と辺縁系の機能が低下し、安静時のα波パターンが不均衡になる傾向が示唆されている。依存症では、報酬系と呼ばれる神経回路が再構築され、快感の閾値が変化する一方で、ストレス反応や抑制機能が弱まり、「やめたくてもやめられない」行動につながる脳の変化が確認されている。これらの知見は、精神疾患が“あいまいな気の持ちよう”ではなく、生理学的な現象であることを強く支持しており、脳活動を介した診断、治療・介入という新たな可能性を拓いている。

(詳細2)脳波計測の進歩とニューロテクノロジー ~ウェアブルデバイス~  近年は、ウェアラブル技術と電子工学の発展により、電極数の少ないドライ型やイヤホン型といった日常使いできる脳波計が続々と登場している。なかでも注目されるのがドライ電極式のEEGや、イヤホン型EEGと呼ばれる「in‑ear EEG」デバイスである。乾電極技術によりジェルを使わず装着が簡便となり、イヤホン型では通勤中や在宅勤務時にも脳波の計測が可能となってきている。また、信号品質も、従来の研究室用EEGと比較しても遜色ないという報告が上がっている。このように脳波計は研究室の装置ではなく、誰もが身につけられるセンサへと進化しつつある。この流れを支えているのがAIによる信号解析技術やデジタルフェノタイプの概念であり、膨大な脳波データを機械学習で解析し、その人のストレスレベルや注意力など心の指標を客観的に推定、個人の心身の変調を早期に捉える手がかりとなっている。

 脳と心の密接な関係が解明されつつある今、AI・ICTの力を活用することでメンタルヘルス支援は新たな段階に入ろうとしている。ビッグデータ解析やAI技術の進歩により、従来は捉えにくかった個人の長期的な心の変動を把握し、予測的で個別化されたケアが可能になる時代が近づいてきている。例えば、スマートフォンやウェアラブルから集まる日々の行動・生体データを解析することで、うつ症状の悪化やストレス過多といったリスクを早期に検知し、発症前の予防介入につなげる試みも現実味を帯びている。

 また、VR(仮想現実)やオンラインプラットフォームを通じた遠隔心理支援が普及すれば、地理的制約なく必要な人にケアを届けられる。AIチャットボットや対話エージェントが日常的なメンタル相談役となり、重篤化の兆候があれば専門家につなぐといったハイブリッドな支援体制も構築されつつある。ICTによるメンタルケアの進化は、人々が自らの心の状態を把握し、適切な対処法を選択できるエンパワーメントにもつながる。そして社会全体としても、テクノロジーを介した相互理解と共感が促進され、メンタルヘルスに対するスティグマが和らぐことも期待できる。このようにICTによる支援の可能性が広がる一方で、現実社会で脳を利用するには技術の課題、倫理面の課題を克服していかなければならない。技術面では、脳波や行動データの精度、個人差への対応、AIの予測モデルの説明可能性、そしてノイズや欠損のある日常データの前処理など、多くの課題が存在する。また、現行の医療制度や保険制度との接続性、臨床現場での実装可否といった制度面での対応も今後の重要な論点である。次に、倫理面では個人の脳波や精神状態の記録はプライバシー情報であり、その取り扱いには倫理的配慮と厳格な情報保護等を考慮しなければならない。テクノロジーが進めば「他人の心を覗き見る」ことが理論上可能になるという懸念もあり、社会的合意に基づくルール整備が急務である。国内でも、総務省 情報通信法学研究会AI分科会等でも議論が開始されており、AI、脳情報の利活用、個人の尊厳保護のバランスをとるための制度設計が議論されている。今後は、国際的なELSI(Ethical, Legal and Social Implications/Issues)の議論と連動しながら、日本独自の倫理基準とガバナンスモデルを構築していく必要がある。

趣旨:

 本フォーラムでは、脳活動と精神状態の関連が解き明かされつつあることで、精神疾患を客観的に捉える指標や治療法の開発が加速している。加えて、脳波計測デバイスやAI解析の進展により、日常生活の中で自分の脳の声を拾い上げ、ストレスや集中力をマネジメントする時代が到来しつつある。これは個人の幸福度や生産性を高めるだけでなく、社会全体の経済的損失を減らし、人々がお互いのメンタルヘルスに理解と共感を寄せられる社会の実現にも寄与すると考えられる。その最前線で活動されている第一線の方々にその動向を概説していただくとともに関わる技術の進展等を踏まえ、産学官の取り組み事例などをご紹介いただく。

(座長)
東京大学 名誉教授  齊 藤 忠 夫



スケジュール

各講演最後に質疑応答を設けてあります。

(基調講演)
東京大学 名誉教授
齊 藤 忠 夫 氏

「脳回路バイオマーカーと治療」
株式会社国際電気通信基礎技術研究所
脳情報通信総合研究所 所長
株式会社XNef
代表取締役

川 人 光 男 氏

「簡易脳波計の現状」
VIE株式会社
代表取締役
今 村 泰 彦 氏

(休憩)

「脳活動と依存」
国立大学法人東京科学大学大学院医歯学総合研究科
精神行動医科学分野 教授
高 橋 英 彦 氏

「脳波から分かる事」
国立研究開発法人情報通信研究機構未来ICT研究所
脳情報通信融合研究センター脳機能解析研究室 室長
成 瀬  康 氏

「脳科学とAIに基づく精神状態最適化」
株式会社KDDI総合研究所
シンクタンク部門 健康医療グループ
グループリーダー
小 林  直 氏

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